おおな伝説(弘法大師伝説)

昔々、弘法大師が立ち寄ったといわれる串本町和深東地区。
みすぼらしい旅僧が腹ペコである民家を訪ねたがすでに夕食は終わり食べる物がなかった。しかしその家の主は明日漁に行く為に作っていた自分の弁当を与えた。
旅僧はその行為にとても喜んで「この沖に大きな魚がいる」と告げて立ち去った。
不漁であえいでいた地元の漁師たちは半信半疑で出漁したところ、いままで見たこともないような大きな魚が釣れた。
大菜のシーズンに獲れるためこの魚を「おおな」と名づけました。

弘法大師の供養の為に昭和12年に建設された「お大師堂」
建立70年が過ぎ、老朽化が進み、誰からとも無く地元の人たちが修復を懇願した。
地元、東地区の有志たちで「お大師堂修復保存会」が出来、寄付のお願いに廻りました。
そして平成20年夏に修復をいたしました。

*修復されるまでの動きをご案内していきますのでどうぞご覧ください。
大師堂前に立てられた
「おおなの伝説」
大師堂の建設費は昭和12年当時で500円。
現在建替えるとしたら500万円以上かかるといわれています。当時もすべて寄付で賄われました。
20年5月22日
修復保存会がまず大師堂の片付けを。
本日は地元新聞社の取材もありました。
南紀州新聞の記事はこちらです
紀伊民報の記事はこちらです
20年6月2日 20年6月4日
工事が始まりました。
雨の合間をぬって、まず屋根の瓦を全部取り去りました。そして土を手作業で降ろします。
70年も経っているのに意外と木材はしっかりしていて腐っていたのは数本とか。
今日は朝から屋根の下地の張替です。
防水シートをかぶせて垂木を打っています。
20年6月13日 
いつの間にか屋根も立派に出来上がり、外壁は杉の木を打ち付けていました。
石碑を磨いている保存会の方です。
あとは内装です。
20年6月20日
外装はすでに完成しました。石碑もきれいになり、字が浮き出てきました。
漆喰を塗る左官屋さん、道の舗装準備をしている業者さん。保存会の人はなにやらペンキで細かい作業を・・・・。
20年6月27日
一ヶ月あまりで補修完成です。
生まれ変わりました。おおな魚の大きな看板もでき、除幕式を待つばかりです。
20年7月20日
午後1時から大師堂完成式が行われました。
上品寺の池田和尚のお経から始まり、保存会会長の話、来賓の挨拶に続き、おおな魚の看板の除幕式も行われました。
そしてこの地区好例の餅まきです。暑い中、多くの住民の方々が集まられました。
保存会の皆様、お疲れ様でした。