串本節


和歌山の民宿

串本 お宿えびす
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おおな伝説の大師堂
本州最南端の町で田舎暮らし
◆串本節の由来
古老の言い伝えによると
  1.地元農漁民から自然発生した
  2.黒潮にのってきた
  3.出雲港は鰹基地として栄え、熊野沿岸の漁民が持ち寄ったものが長い年月に今の串本節と集約された
などになり、明確なことは不明。
大正13年、米国の世界一周の水上機が串本に飛来した折、取材に集まった記者やカメラマンが悪天候に一週間も足止めになり、退屈を犒って唄ったのが大喝采を受け  全国へ流行の糸口をつけてくれた。
大正14年、漫才師砂川捨丸さんが、九州巡業中に串本節を歌い、九州一円に歌われだし、捨丸節とまで言われる程これを歌い続けて今日の流行をみたわけです。
近世、串本節の歌詞収集に作詞に心血を注がれたのは、毎日新聞の記者であった、矢倉広治氏が郷里串本に帰ってからのことで、南都章三のペンネームで多く発表されてその普及に努められました。

 1.ここは串本 むかいは大島 仲を取りもつ巡航船

 2.一つ二つと 橋杭立てて 心届けよ 大島へ

 3.わたしゃ串本 両浜育ち 色の黒いはご免なされ

 4.ここは串本 向かいは大島 仲を取りもつ 15銭

 5.一つ二つと 橋杭立てて 心届けよ串本 串本へ

 6.ここは串本 むかいは大島 橋を架けましょ 舟橋を

 7.千代に八千代に 変わらぬものは 主の心と たしゃ胸

 8.船は帆まかせ この身は主に 浮世潮路を どこまでも

 9.蹤いでおいでよ この提灯に 消して苦労は かけやせぬ

10.紀州みかんは 日本のたから 外は日の丸 なかは菊

11.今度来る時きゃ 持たしておくれ 紀州蜜の 枝折って

12.串本発つ時きゃ 涙で出たが 岬かわれば うわの空

13.びくを片手に 釣竿かつぎ 鯉は釣れない ものかいな

14.熊野川にも 住むかよ鮎が わしの胸には 鯉が住み

15.岬々は 七浦岬 汐岬は 荒滝じゃ

16.潮岬に 灯台あれど 恋の闇路は 照らしやせぬ

17.潮岬に ドンと打つ波は 可愛ショラさんの 度胸だめし

18.内のショラさん 岬の沖で 波に揺られて かつお釣る

19.日和や東風気じゃ 沖や白波じゃ 殿御やらりょか あの中け

20.舟のともろに 鶯とめて 明日も大漁と 鳴かせたい

21.つつじ椿は み山を照らし 背美の子持ちは 浜照らす

  まだまだ続きがあります